余命宣告を受けた帰りに2200万円拾った人

今日のニュースに出ていたんですが、仙台市で43歳の男性が末期癌で余命2〜3ヶ月宣言を受け、病院から帰宅する帰り道で路上に落ちていた2200万円の現金を拾ったらしいんですね。

ん?何かバッグが落ちてる!?

で、中を開けてみたら2200万円の現金が入っていたと。

そうしたらこの男性、あろうことかその現金を警察に届けず、黙って持ち帰ってそのほとんどを使ってしまったらしいんですね。

彼は現金を拾った時、「神様からの贈り物だと思った」そうで、どうせもうすぐ死ぬんだからと旅行などに使ってしまったとのこと。

このニュースを見て思ったんですよね。


この現金、神様からの贈り物じゃなくて、むしろ罠だったと。

もし余命幾ばくもない中で、現金を拾ったらどういう行動に出るか。

それを試されたんだと思うんですね。

人って有事の時にこそ本性が出るので、この男性は元々人の物を黙って盗むような人だったから、43歳という若さで癌になったんだと思うんですよね。


結局、自分のことしか考えてなくて、現金を落としてしまって困ってる人の気持ちは一切考えていない。

そして思考が非常に浅はかですよね。

仮に今2200万円を拾って、人生の最期だからと好き勝手に使い切ったとしても、その因果って来世まで持ち越されるので、いずれ来世以降のどこかで自分が返すことになるという発想もない。


これは私の個人的な意見ですが、この男性、もし現金を拾った時点でちゃんと警察に届けていたら、癌が消えたかもしれないですよ。

神様のお試しってそういうことなので。

よく天使か悪魔かみたいな話があるけれど、この人は元々悪魔だったんでしょうね。

本当の天使なら、仮に余命宣告を受けた直後だとしても、現金を自分の懐には入れずに、警察に届けるはずですから。


どうやらこの方まだ命が繋がっているようで、少しずつお金を返していきたいと思っているみたいですが、今世中に本人が返すのは無理だと思うので、自分が作った借り、負の因果を今後まともになって来世以降に返していってください。

で、もしこのブログをお読みのあなたも、「自分がもし余命宣告をされた時に、絶望して正常な判断が出来ず、拾ったお金を持ち去って使ってしまう可能性が高いな。」と思ったとしたら、それがあなたの本性だということです。

真っ当に生きるとは、有事の時でも一時の感情に左右されず、心が一切ブレないことですから。